『ブッダ』の名句



  【凡 例】
 1.引用した言葉は吹き出しや行間毎に一つのカギ括弧で括り発言順に並べました。
 2.同一発言者の台詞が続く場合、同一のコマの中にあれば改行せず続けて表記し、別のコマに変わるところは改行をしました。
 3.原典の台詞に句読点が無いため、読みやすさを考慮して適宜空きマスを入れました。
 4.斜体は吹き出しで囲わない独白や説明などの台詞です。
 5.巻数・頁は四六版ハードカバー本のものです。


● 第 3 巻 ダイバダッタ●

  ・第三部第2章 弱肉強食

(※兄オオカミと狩りの練習の最中にけものを殺したダイバダッタに対して)

オオカミの母
 「なぜたべもしないものを殺したの」「ただ殺したのはなぜなの?」「おまえが人間だからよ」「出ておゆき さあ!!」
 「おまえはやっぱり人間!!」「私たちといっしょにはくらせないわ」
ダイバダッタ
 「母ァ…かんべん……」「ついやっちゃったんだァ」
オオカミの母
 「私たち野山にすむものは空腹でたべなければならないときしか相手を殺さないの」「それがおきてなんだよ!」
 「あの恐ろしいトラだって おなかがいっぱいのときはねそべって虫一ぴき殺さないわ」「どんなおいしそうな獲物が近づいても知らない顔をしてるのよ それは無意味な殺し合いはしないおきてだからだよ」「そのおきてをやぶっているのは人間だけ! だから人間は恐ろしいの………」(82〜83頁)


ダイバダッタ
 「ナラダッタ ふたつのハチがケンカしてるよ ひとつはちっちゃいよ」
ナラダッタ
 「……ふたつの部族が近くに国をつくっておった このあたりのたべものではふたつの国はたべていけなかった」
 「どちらかが滅びなければ共倒れだった……それで運命をかけて対決が始まったのだ」
 「ふたつとも死にものぐるいだ 部族が生き残るためには何万びきも死ぬ」「そして一ぴきでも生き残ったほうが栄える…………」
ダイバダッタ
 「ちいちゃいほうがみんな死んじゃった……あっ 巣から何かひきずりだしてるよ」
ナラダッタ
 「それはたぶんこどもじゃ」「こどもも全部殺される」
ダイバダッタ
 「なんにも悪いことしていないのに?」
 「あっ 今度はおなかの大きなのを ひっぱりだした!」
ナラダッタ
 「それはたぶん女王だろう」
 「女王は部族の命なのだ 女王はこづきまわされひきまわされてなぶり殺しになる よく見るがいい………」
ダイバダッタ
 「八つざきにされちゃった…」
ナラダッタ
 「これで平和がくる 強いものが勝ちよわいものが滅びる 勝ち誇ったあの羽音を聞くがよい」「このしきたりはな どんな生きものでも 人間でさえ同じなのだ よくおぼえておけ」(102〜105頁)

  ・第3章 老婆と浮浪児

ナラダッタ
 「かくさなくったっていい おまえがこっそりここで魚をとってたべていることは知っておる」「たべざかりの年だ とめはせんよ」
ダイバダッタ
 「知ってたの?」
 「ナラダッタは木の実ばっかりたべてよくひもじくないね!」
ナラダッタ
 「わしは虫一ぴき殺すまいと誓ったのだ」
ダイバダッタ
 「だけどナラダッタは 強いものが勝ってよわいものが滅びるのが自然のおきてだっていったろ?」
 「ぼく魚をつかまえたんだ」「魚はよわいからつかまったんだろ ぼくは魚より強いからたべてもいいんだろ」
ナラダッタ
 「たしかにりくつだ おまえも頭がいいぞ」
ダイバダッタ
 「エヘヘー」「そうかねー エヘヘ」
ナラダッタ
 「だがほんとうはそうじゃない」
 「魚はおまえにたべられるためにつかまったのだ」
ダイバダッタ
 「ハハハー」
 「わざわざたべられるためにつかまえられる魚なんて」「いっこないよ アハハハハ アハハハハ」
ナラダッタ
 「たしかにおかしいだろう 笑うのも無理はない」「どうしてそうなのか 今夜 わけを話してやろうな」

ナラダッタ
 「……生きものは生まれてから死ぬまで」「自分ひとりだけの世界で生きているのではない」
 「ほかの生きものとどうしても つきあっていかなければ生きていけないのだ 生まれてから死ぬまでずうっとじゃ」
 「花でも木でも虫でも魚でも みんなそれぞれどこかで結ばれ合って生きておる………」
 「この『縁』は世界がつづくかぎり切れないのだ」
 「たとえば魚じゃ 魚のタマゴは何千億と生まれる もし何千億の魚がみんな育ってごらん」「この世界は魚で埋まってしまうだろう だから ほかの生きものにたべられることでちょうどよい数にへっている」「おまえにたべられたのは 魚にとっていいことなのだ」
 「おまえもな 生まれてまもなく親からはなされてこうやって私と出会って荒れ野でくらしている………………」「これもおまえの一生にかかわっていくのだ どう運命が変わるかはもう決まっている………」
ダイバダッタ
 「そんなことをいったいだれが決めたんだい」
ナラダッタ
 「あの空をごらん」
 「この広い空と大地の全部がその宿命(さだめ)で動いているのだよ………」
 「私はな ここに毎晩すわってじーっと世界の物音に耳をすましてみる」「するとこの世界のあらゆるものが こまかいこまかいアミの目のようにからみ合いながら うまく動いていくのがわかる………」
 「生きものだけではない 火も水も石も岩も山も雲も霧も太陽も月も星もみんな縁を持っている」「ふしぎなことだ この世界をつくったおかたは」「偉大なかたじゃ」
 「あらゆるものにつながりを持たせておいでじゃ……」(116〜122頁)


● 第 4 巻 ウルベーラの森●

  ・第6章 苦行林にて

シッダルタ
 「ぼくは だんだん迷ってきたんだ」「からだをいためつけて修行する……」「それで人間のなやみが消えればいいよ だけどね」「人間がなぜ死ぬのか なぜ身分があるのか!」
 「苦行……いったい苦行ってなんだ!」「人間が苦しむには もっとほかの原因があるはずなんだ」
デーパ
 「ホウ?苦行のほかにどんな苦しみがあるんだい?」
シッダルタ
 「たとえば……病気の苦しみ 貧しい苦しみ 差別の苦しみ」
 「そこにいるアッサジなんかどうだ!」「あと六年あまりで死んでしまうことがわかってるんだ」
アッサジ
 「ズー」
シッダルタ
 「自分の死ぬ日が一日 また一日と近づいてくる苦しみはどんなだろう」
 「あいつは顔に出ないからわからないけど すごく苦しんでると思うよ」(85〜87頁)

  ・第7章 懲罰

(※タッタとミゲーラを助けたことに対する罰を受けるブッダ)

デーパ
 「どうだ つらいかっ 苦しいかっ 苦しめ そうだ 苦しみぬいてそのくされきったからだからタマシイをぬきだせ それが ただ一つきみの救われる道だっ」
シッダルタ
 「……それは死ねということだな…」
デーパ
 「そういうことだシッダルタ」「きみの犯した罪はなまやさしいことでは清められん ことに そのからだはどうしようもなくけがれている」
シッダルタ
 「いやだ」「だ だれが死ぬもんか」「前にバッガワ仙人が苦行して死んだのを見たけどああはなりたかァない!」
デーパ
 「死ね!!」「死ぬんだっ」
シッダルタ
 「死ぬもんか」
デーパ
 「きみは始末におえないおろか者だなっ」
シッダルタ
 「どっちがおろか者だ」「きみたちこそじゃないかっ」
 「欲のままにたのしみや遊びにふけることは低級でおろかだ」「しかし自分を苦しめるのに夢中になるのも 苦しむばっかりでおろかじゃないのか?」「そんなことで人間は救われない!! ほかに……まだ方法があるはずだ…ほかに…」(128〜130頁)


シッダルタ
 「アッサジ…答えてくれよ ぼくにはわかんないんだ」「きみは死がこわくないのかい… ぼくはこわくてしかたがないんだが…」
アッサジ
 「ズー」
シッダルタ
 「死をおそれない秘訣ってあるのかい?」
アッサジ
 「なーんにも考えないことだニャ」

   (中略)

シッダルタ
 「きみがきのういってたことは不可能だ」
 「死ぬことを考えるなといったって無理だよ」「どうしたって心の底にこびりついてさ…」

(※ハエがクモに捕らえられるのを見て)

アッサジ
 「あのハエ クモにつかまるまで死ぬこと考えなかったニャ」
シッダルタ
 「そりゃそうさ…」「虫だもの」
アッサジ
 「ネズミだってトカゲだって」「インコだって魚だって」「死にたくないなんて 死ぬときまで考えないニャ」
シッダルタ
 「ネズミだってゾウだって みんなけだものじゃないか」「鳥は鳥 魚は魚!」
 「でも人間はちがうさ」
 「人間はかしこいから」「どうしても死ぬことを考えちまう…」
アッサジ
 「バカになれば考えニャイ」
シッダルタ
 「そう簡単にはなれないよ」
ガーン ※アッサジがシッダルタを棒で殴る
アッサジ
 「毎日こうやってるとしまいにバカになるニャ」「そンなら死ぬことも忘れるニャ」
作者
 「ひでエもんだ こんな伝記なんてないぞ」
シッダルタ
 「だめだよ ぼくは俗っ気がありすぎるのかね バカにもなれないね…………」
 「だがたしかにアッサジのいうとおりだ…」
 「あのゾウたち たぶん死ぬギリギリまで 死なんて考えもしないだろうな…」(134〜139頁)

  ・第9章 スジャータ

(※瀕死のスジャータの心身に入り込んだシッダルダがみた世界)

ブラフマン
 「見なさいシッダルタ あれはみんな生命のかけらたちなんじゃ」
シッダルタ
 「生命のかけらですって…………」
ブラフマン
 「そしてな あの大きなかたまりは宇宙じゃよ」
シッダルタ
 「宇宙!? 宇宙ってなんです」
ブラフマン
 「天地全部の世界のことじゃ」
シッダルタ
 「だってあれは………動いていますよ………どんどん形が変わって………………」
ブラフマン
 「そうとも 宇宙は生きておる」
シッダルタ
 「ええっ」
ブラフマン
 「宇宙というのはな 大きな大きな生命(いのち)なんじゃ」
シッダルタ
 「………………」
ブラフマン
 「宇宙という大きな生命(いのち)のもとから 無数の生命(いのち)のかけらが生まれ………………」
 「この世界のありとあらゆるものに 生命(いのち)をふきこんでおる………」「わかるかな……」
 「だから 虫でも ゾウでも 人間でも 花でも みんなもともと同じ仲間じゃ」
シッダルタ
 「…そうか………そ そうですね そうなんですねえ!」
ブラフマン
 「生命(いのち)には形がない もちろん上も下も左右もない そして過去もいまも未来も関係ない… これを見ればわかるじゃろう?」
 「シッダルタ わしはむかし予言をしましたのう」
 「あなたはこの近くのピッパラの樹の下で いま見たことをよく考えなさい」「するときっとさとりがひらけて あなたのなやみは消えますぞ」
 「そのときまたお目にかかろう………………」(206〜209頁)

  ・第11章 ヤタラの物語

(※樹の下で禅定をするシッダルタ)

シッダルタ
 「おまえはだれだ?………」
 「悪魔か神か?………神なら返事をしてほしい 悪魔ならいくがいい」
ヤタラ
 「おれ 神でも悪魔でもない……人間だ!!」
 「この世でいちばんふしあわせな人間だ!!」
 「おま おまえ坊主だな!?」「坊主 さあ こた 答えろ なぜ世の中ふしあわせ人間 ふしあわせな人間としあわせな人間いるのか なぜ なぜそうなのか さあ答えろ!!」「答えろ!! 答えない 殺すぞ」
シッダルタ
 「わけを話すがいい………」
ヤタラ
 「おれ おっかさんふたりいた ひとり疫病で死んだ ひとりゾウにふみつぶされた!!」
シッダルタ
 「おまえは自分がいちばん不幸な人間だといったが」「そのふたりのおかあさんのほうがもっと不幸な人なのではないか?」
ヤタラ
 「ウッ…」
 「じゃ じゃあおっかさん こ 殺した王子だ!! ルリ王子!!」「それなのにルリ王子罰うけない だれもとがめない!!」「なぜだ!!」
シッダルタ
 「おまえの話では その王子は ほんとうはじつの息子なのだな その女奴隷の?」
 「それがほんとなら その王子は 奴隷階級の母親から生まれて いままで 育つあいだにどんなに苦しんだろう そして 奴隷として 母親をわざと追放し 焼き殺す命令を出したとき 心の中は どんなに苦しかったろう」
 「それを顔にも態度にも出さずに 王子として がまんしなければならない立場だったのだろう」「その母親をにくむ気持ちと したう心とがぶつかりあったとき その王子はどんなにもだえ苦しんだろう」「その王子こそ不幸な人間だ…そう思わないか」
 「そして 苦しんでいる王子を見るにつけ まちがって女奴隷と結婚して王子を生んだ父親の王は もっと苦しんだろう もっと不幸な人間ではないのか?」
 「おまえに見守られて死んだおかあさんはまだしも 何も知らずに焼き殺された女奴隷たちは もっと不幸ではないのか?」
 「ずっとたどっていくがよい だれもかれもひとり残らず みんな不幸なのだ」
 「この世に幸福な人間なぞ ありはしない!」

(※ヤタラはしばし号泣した後、問いを発する。)

ヤタラ
 「みんな不幸 そんならなんで人間はこの世にあるんだ………」
シッダルタ
 「木や草や山や川がそこにあるように」「人間もこの自然の中にあるからには ちゃんと意味があって生きてるのだ あらゆるものとつながりを持って……」「そのつながりの中で おまえは大事な役目をしているのだよ」
ヤタラ
 「この お おれがか………」
 「このオレに役目があるって? この役にも立たんオレが?」
シッダルタ
 「そうだ もしおまえがこの世にいないならば 何かが狂ってしまうだろう」
ヤタラ
 「……………………」
 「おまえ ふしぎなこという…」「おれ……そんなふうに思ってもみなかった……」
 「じゃあ…おれ これからどうやって生きていけばいい?」
シッダルタ
 「その川を見なさい」
 「川は偉大だ 自然の流れのままにまかせて 何万年もずっと流れてる」
 「流れをはやめようという欲もなければ 流れを変えるちからも出さない すべて自然のままなのだ!」
 「しかも大きく美しい……よろこばれ そしてめぐみをあたえている…」
 「おまえも巨人だ おまえの生きかたしだいで 川のように偉大にもなれるだろうよ」

(※シッダルタの弟子になる決意をし、生きる望みを教えてくれた礼を述べて立ち去るヤタラ)

シッダルタ
 「なんということだ…………」「私がひとにものを教えるなんて………」
 「あの男は私をたたえてくれた」
 「あの男は……」
 「もしかしたら 私をためす神だったのかも…」
 「そうかもしれない」
 「なぜ なぜ私は……」
 「なぜさっき あんなことをいったのだろう? 思わず口から出てしまったんだ 私が考えもしなかったことばが!」
 「『木や草や山や川がそこにあるように 人間もこの自然の中にあるからにはちゃんと意味があって生きている』」
 「『あらゆるものと…」「つながりを持って!』」
 「『もし おまえがいないならば 何かが狂うだろう おまえは大事な役目をしているのだ』」

 「私があの男にしゃべったことばは」「私が自分自身に教えたんだ! おお………私の心のとびらが いま 開いたぞ!!」
 「光よ」
 「光よ」
 「光よ!私の前を照らしてください」
 「私は命のかぎり果たします この宇宙の中の私の役目を!」
(350〜362頁)


(2567.10.17)


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